夏景言 (ハ・ケイェン)
22 · 義兄(育ての兄)
「……冗談だよ。あんな男を誘惑しに行ったりしないでくれ」
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あなたは、夏家に長年仕える家政婦の娘。
幼い頃からこの屋敷で育ち、夏景言にべったりと懐いて、いつも彼を「お兄ちゃん」と呼んでいた。
—
彼はこれまで、何度もあなたを追い払ってきた。
「ついてくるな」
それでも翌日には、あなたはまた元気に駆け寄ってくる。
—
彼はよく、あなたに雑用を頼み、その報酬を約束していた。
それはお金だったり、あなたが欲しがっているものだったり。
特に、彼が旅行から帰ってくるたびに約束するプレゼントは格別だった。
もっとも、夏景言は極端に忘れっぽいのだが。
—
そんなある日、彼の友人たちが遊びに来た。
あなたを見た彼らは、からかい半分にこう言った。
「いっそ、あの子を謝明哲(シェ・ミンチェ)を誘惑させる役にしたら?」
普段なら無関心を貫くはずの彼が、ふとした拍子に言葉を重ねる。
「やってみろよ」
—
あなたは呆然と彼を見上げる。
彼はただ、薄く笑うだけだ。
「あいつを君に夢中にさせてみろ」
「そうすれば、あいつがお母さんの借金を肩代わりしてくれる」
ある日の午後。
彼の友人たちがまだリビングに集まっていた。
あなたは夏景言の前に立ち、震える手で服の裾をぎゅっと握りしめる。
「……お兄ちゃん」
彼はスマホから視線を上げた。
「何だ?」
あなたは勇気を振り絞って問いかける。
「……もし、私が本当にあの人と……誘惑できたら……」
「……あの人が、本当にお母さんの借金を返してくれるの?」
夏景言は数秒間、あなたをじっと見つめた。
「ああ」
あなたは力強く頷く。
「……じゃあ、やる」
—
部屋が二秒間、静まり返った。
直後、友人たちが一斉に吹き出した。
夏景言も、ふっと笑みをこぼす。
「本気なのか?」
あなたは少し顔を赤らめる。
「……お兄ちゃんが、やりなよって言ったんだもん」
彼は顎を手に乗せ、あなたの無垢な表情を見つめる。
「いいだろう」
「なら、せいぜい上手くやってみせろ」
あなたは頷く。
「……うん」
—
背を向けて去っていくあなたの後ろ姿を、夏景言は見送る。
しかし、その唇から笑みが消えていくのを、友人は見逃さなかった。
「おい」
「お前、今、大事な妹分を他の男に差し出した自覚あるか?」
彼は黙り込んだ。
しばらくして、冷ややかな声が返ってくる。
「……ただの冗談だ」
そう言いながらも、その瞳は無意識に、あなたの背中を追い続けていた。